ゲーム機の歴史 後編

こんにちは、スタッフの川田です。

ゲーム機の歴史 前編では、1980年代までをご紹介しました。

後編では、1990年代からをご紹介してまいります。

このあたりから、「そうそう!このゲーム機持ってた!」という方も多いのではないでしょうか?

それでは、1990年代のスタートです。

 

■1990年は家庭用ゲーム機市場の勝ち残り競争がさらに激化

1990年に入ると、さらに家庭用ゲーム機市場の競争が激化していきます。

1990年にはセガ・エンタープライゼス(現()セガ)から携帯型ゲームの「ゲーム・ギア」が発売、同じく1990年に日本電気ホームエレクトロニクス(NECホームエレクトロニクス)から携帯型ゲームの「PCエンジン・GT」が発売。

ゲームボーイの競合機種として3社の熾烈な競争が激化していきます。

 

同じく1990年には任天堂株式会社よりファミコンの後継機種「スーパーファミコン」が発売、圧倒的に進化した画質で当時の子供はビックリしてどこの学校でもスーファミの話題で一色だったのではないでしょうか(少なくとも私の学校ではそうでした)。

何より、ボタンの数がABボタンだけでなく、ABXYLRボタンがついて、一気にプレイスタイルが変わったのを鮮明に覚えております。

 

そして、1991年には()SNKより「NEOGEO」が発売。

ゲームセンターにあるソフトが多かったような記憶があるのですが、特に格闘ゲームの餓狼伝説やサムライスピリッツなどの格闘ゲームを家庭内で何回でもプレイできる!ということで、日本全国で友達の家にみんなで集合して対戦していたのではないでしょうか。

まだeSportsという言葉がない時期ですね。

 

同年の1991年には日本電気ホームエレクトロニクス(NECホームエレクトロニクス)よりPCエンジンの後継機「PCエンジンDUO」が発売。

従来のROMカセットも使えるのですが、CD-ROMのソフトもプレイできるという、近未来を感じさせてくれるハード機として当時の子供に夢と希望と興奮を与えてくれるハード機でしたね。

 

さらに、同年の1991年にはセガ・エンタープライゼス(現()セガ)から発売された国内2番目のCD-ROMのハード機として発売された「メガCD」ですが、他ゲーム機と比較して「デカ!すごっ!」とみんなが思ったぐらい、本体が他機種の2倍ぐらいの大きさでした。

 

1994年にはセガ・エンタープライゼス(現()セガ)から「セガサターン」が発売されました。

セガとして6番目のハード機ということで、太陽系第6惑星の土星の英語名であるSaturnから命名されました。

セガサターンは本当にたくさんの名作ソフトを世に送り出していたので、今でも人気があり、中古市場でも人気がありますね。

 

そして1994年には遂に株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)から「PlayStation」(プレイステーション)が発売されます。

コントローラーのLRボタンが2倍になり、より複雑なプレイができる様になり、映像も一気にキレイになり、時代の進化をより身近に感じさせてくれるハード機としてデビューしたのを鮮明に記憶しております。

本当に当時の衝撃は相当なものでした。

 

そして、1996年には任天堂株式会社より「NINTENDO64」が発売されます。

他社とは圧倒的に違うコントローラーの形状で、当時の子供はワクワクしてプレイしていましたね。私のまわりも本当に目をキラキラさせながらプレイしていました。

この頃から、64派とプレステ派に分かれていった様に思います。

 

1998年には任天堂株式会社より「ゲームボーイカラー」が発売。

白黒だったゲームボーイがカラー表示になり、ゲームボーイ時代のソフトもプレイできたのですが、「あ、こういう色だったんだ!」と両方プレイして初めて知るという体験でした。

 

同年の1998年には()SNKより携帯型の「ネオジオポケット」が発売。

どちらかという対戦型格闘ゲームや大人向けなゲームが多かった様に思います。

翌年にはカラー版の「ネオジオポケットカラー」が発売されました。

 

そして、同年の1998年にセガ・エンタープライゼス(現 : ()セガ)から「ドリームキャスト」が発売。

かなり変わったゲームが多く、魚の顔が人間の男性になっているゲームソフト「シーマン」発売の当時の衝撃は相当なものでしたね。

そして、初めてインターネットに接続して新しい体験ができるゲーム機として、今のオンラインゲームの走りと言えるようなプレイができました。

ネットを通じてオンラインRPGでプレイができたりと、ドリキャスでしかできないゲーム体験がかなり話題となったのを覚えております。

(残念ながら私は持っておらず、友達の家で遊ばせてもらっていました)

 

■2000年代は任天堂vs SONYの2強時代に突入

2000年には、プレステの後継機種「PlayStation2」が発売、

翌年の2001年には「ニンテンドーゲームキューブ」「ゲームボーイアドバンス」が発売と、任天堂 vs SONYの熾烈な2強時代に突入していきます。

完全に私事で恐縮ですが、プレステ2のソフトは本っ当にやり込みましたね!

語りだすと長くなる為、次に進みます()

 

2002年にはマイクロソフト社よりXBOXが発売、ついにマイクロソフトがゲーム業界に参入します。

 

2003年には「ゲームボーイアドバンスSP」が発売。

ゲームボーイ/ゲームボーイカラー/ゲームボーイアドバンスのゲームがプレイ可能であった為、本体だけを買い替えることで昔のゲームもプレイできたのは嬉しい機能でしたね。

 

2003年にはHDD搭載DVDレコーダーと合体したPSXが発売されました。

「録画ができるプレステ2」というセールストークでしたので、プレステ2を持っていないユーザーにとってはお買い得な製品でしたね。

(私は別々に両方持っていたので無縁でした)

 

2004年には「ニンテンドーDS」が発売。

画面を2つ持つことや、タッチスクリーン、マイクによる音声入力などのユーザーインターフェースが特徴的で、おもしろい機能でプレイできたのが印象的でした。

 

同年の2004年には「プレイステーション・ポータブル」(PSP)も発売されました。

完全に私事ですが、「ギレンの野望」は相当時間やり込みました()

 

2005年には「Xbox360」が発売。

アメリカやヨーロッパでは人気があったのですが、日本では既に2強メーカーが市場を席捲していたこともあり、苦戦をしていた様です。

 

2006年にはプレステ2の後継機種「プレイステーション3」が発売。

プレステ2が長方形のハコモノだったのが、プレステ3では流線型の形状に代わり、「カッコいい!」と日本全国のゲームユーザーがザワついていたのを覚えています。

(私も相当やり込みました)

 

同年の2006年に名作「Wii」が発売。

無線コントローラーでプレイができるという画期的なプレイ体験で、どちらかというとライト層の取り込みに成功し、ファミリーや友達と遊べるというハード機でした。

 

2008年~2012年の間で携帯型ゲーム機が毎年の様に発売される様になります。

2008年には「ニンテンドーDSi」、2009年には「ニンテンドーDSi LL」、2009年には「プレイステーション・ポータブルgo」、2011年には「ニンテンドー3DS」と「Play Station Vita」、2012年には「Wii U」が発売されていきます。

 

■2010年代からは正に三国志の様な時代となる

2013年には「Xbox One」が発売、

2014年には「Play Station 4」が発売となり、ハード機の進化と市場競争が激しくなっていきます。

 

2017年には「Nintendo Switch」が据え置き&携帯型の両方を兼ね備えるという超画期的なハードを発売しました。

 

2020年には「Play Station 5」が発売され、より厚みのあるゲームがプレイできる様になり、昨年あたりからハード機が入手しやすくなってきた様に思います。

 

同年には「XBOX X/S」も発売され、マイクロソフト vs SONYの市場競争が目に見えて激化してきており、ゲーム会社の買収など拍車がかかってきており、現在に続いております。

 

 

以上、ゲーム機の歴史でした。

今年の2024年はハード機の発売があるのでしょうか!?

あってほしいですね!ぜひワクワクの体験をこれからも届けてほしいなと思います。

 

尚、PlayStation 5XBOX Xでは、ゲームソフトによってはリフレッシュレート120Hzでの出力が可能なのですが、Pixioの液晶モニターでは両機ともに120Hzの出力を検証済です。

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以上、ゲーム機の歴史 後編ご紹介のブログでした!

 

当時のエンジニアが今できる最大の技術を用いてゲーム機を開発してきたことで、ゲーム機が進化してきたことをゲーム機の歴史をまとめたことにより、より実感できました。

当時のエンジニアの血の滲むような苦労のおかげで、現在のゲーム体験に繋がっていると思うと、頭の下がる思いでいっぱいです。

 

また、今後もどの様な進化を遂げるのか、ぜひこれからもワクワクと感動を届けてほしいなと思います。

 

ブログで紹介してほしい内容やリクエストがありましたら、Pixioの公式Xでも質問を受け付けておりますので、ご連絡お待ちしております!

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